大坂から大坂

江戸時代のなかごろから、表記としての大坂と大阪が併用されるのであるが、明治時代に入り、明治政府は 大坂の表記ではなく 大阪の表記を正式な表記としたのである。坂 と 阪は 小高い丘陵を意味とし、こざとへんも園意味を有するとされている。そして、区の精度が導入されると、東西南北の4区となり、また、奈良も大阪とされていたが、1887年に分離させ現在の大阪のエリアを大阪とすることになる。大阪で一番大きな坂とはいったいどこなのであろうか、国道308号線の暗がり峠が、大阪一の過酷な坂といわれているが、大阪の坂のルーツとは関係ないとされている。S字勾配は37%とされ、自転車が横転したり、自動車が横転することもあるとされている。その先には勾配が最大43%といわれる傾斜があり、自動車のオーバーヒート、自転車も、人も過酷な坂としられる。しかしこの勾配は一部のハイキングやサイクリングでは有名な坂となり挑戦者はたくさんいるのです。これが、大阪の坂との関係性については、ほぼ関係ない話題と言えるが、こういった、大阪の大きい坂という意味では、非常にいい場所だといえます。また、峠の頂上には、茶店もあり、一服をしてお茶を飲む場所としては、とてもいいロケーションだといえます。